高岡漆器の勇助塗職人三代目 細野萩月

勇助塗の製作工程

2005年11月〜2006年7月にかけて、ブログ『勇助塗職人三代目を追う』では、勇助塗の製作の様子を全工程にわたってご紹介させていただきましたが、それらの作業工程をもう少し見やすくまとめてみました。

ご紹介している工程は、(1) 木地、(2) 木地彫・刻苧彫(こくそぼり)・・・・・(20) 箔絵、(21) 完成まで、けっこうなボリュームになっておりますのでお時間のあるときにでもご覧くださいませ。

勇助塗のみならず、漆器・漆器製作にご興味のある方の参考になれば幸いです。

※当サイト掲載の画像および文章等の無断使用は禁止とさせていただきますのでご注意ください。

(1) 木地

この小棚は木地屋さんから仕上がってきたままの状態のものです。

勇助塗小棚(器局)

さて。

このまますぐに漆を塗り始めればよいかというと、そう簡単にはいきません。

漆器をできるだけ良い状態で長年使っていただくために、漆を塗るまでにはいくつかの工程があるのですが、この仕事は完成してからでは

「全く見ることができません」

言い方を変えると、これらの仕事がしてあるかどうかは

「職人さんや販売店の言うことを信じるしかない」

というのが、正直なところではないでしょうか。


…。


このような意味では、勇助塗の作業工程を見ることができるこのサイトは、貴重かもしれませんね。


(2) 木地彫・刻苧彫(こくそぼり)

木地彫(きじぼり)です。
刻苧彫(こくそぼり)とも言います。

写真の左側は小棚の「胴」、右側は「戸」です。

勇助塗小棚(器局)の木地彫(胴) 勇助塗小棚(器局)の木地彫(戸)

写真では少しわかりにくいかもしれませんが、彫刻刀でなにやら彫っていますよね。
実はこれ、木地のつなぎ目を彫っているのですよ。

「なぜ、わざわざそんなことを?」

って思いますよね。
簡単に説明すると

・木地のつなぎ目を補強するため
・つなぎ目の切れやヤセ込みを防ぐため

なのです。
この後、この彫り込んだ部分に

・刻苧を入れ
・麻布を張る

ことで木地のつなぎ目が丈夫になり、先ほどの不具合が防止されます。

細野さんの作品は、こんな目には見えないところまでキッチリ仕事がしてあるので、長い年月を経てもいい状態を保っているのです。


(3) 刻苧(こくそ)

刻苧とは、半田漆に木地粉を混ぜ合わせた漆のことです。

まずは、ご飯粒を練った後、生漆と混ぜ合わせて半田漆をつくります。

勇助塗半田漆 勇助塗半田漆2

次に、この半田漆にさらに木地粉を混ぜてできるのが刻苧です。

勇助塗刻苧

そしてこれを、前回の

「刻苧彫」

したところにつめていきます。

と同時に、

「木地の隅」

にも刻苧をつめていきます。


下の写真がその様子です。


・戸に刻苧

勇助塗刻苧(戸) 勇助塗刻苧(戸)2 勇助塗刻苧(戸)3

・胴に刻苧

勇助塗刻苧(胴) 勇助塗刻苧(胴)2


(4) 木地固め

ここまでで木地の調整などが終わり、いよいよ漆を塗っていくための前工程に入っていきます。

その最初の作業として、木地全体に漆(生漆)を薄く塗っていきます。

このことを

「木地固め」(きじがため)

と呼び、木地固めをしたものがこちらです。

木地固め

木地固めの主な目的は

・木地に貼る麻布の密着度をあげる(次工程でご紹介します)
・木地に水分が吸い込むのを防止する

です。


(5) 布着せ

ここでご紹介するするような「布着せ」を施してある漆器は、市場に出回っている「漆器と呼ばれるもの」のうちどれほどの割合であるのでしょうか?

おそらく、0.0…%、限りなく0に近いのではないかと思います。

しかしながら、完成品を見ただけでは、ここまでの仕事がしてあるかどうかは判断できないことが、漆器の値段のわからない原因の一つにもなっているように思います。

『木地彫・刻苧彫(こくそぼり)』の工程でも説明しましたが、この布着せをすることにより、

・木地のつなぎ目の切れや
・木地のヤセ込み

を防ぐことができ、堅牢な作品に仕上がります。

では写真を3つ。

・戸に布着せ

布着せ(戸)

・胴に布着せ

布着せ(胴)

・布着せ完了

布着せ完了


(6) 下地合わせ・下地付け

漆を塗るまでの最終工程である「下地付け」の工程です。

さてこの下地。

「漆器」の下地とは言っても、大量生産品や少しでも安価に仕上げるために、漆以外のものを使用したものが市場の多くを占めています。(工期が短く済みます)

…が、細野さんの場合は、すべての工程で化学塗料などは一切使わず漆を使われていますので、この下地においてももちろん

生漆と米のり、地粉(じのこ)

を合わせて下地を作るところから始まります。

・下地合わせ1(生漆と米のり)

下地合わせ

・下地合わせ2(これに地粉を加える)

下地合わせ2

このようにしてできた下地を、写真のようにヘラを用い各部品に付けていきます。

・胴に下地付け

下地付け(胴)

この下地付けを3回繰り返し、「錆地」をさらに1回付けます。


ここまででご紹介した

・「木地彫・刻苧彫(こくそぼり)」
・「刻苧(こくそ)」
・「木地固め」
・「布着せ」

そして今回の「下地」。

までは漆器を堅牢にするための作業であり、完成した作品からは想像もできない工程かもしれませんが、これらの作業をキッチリとすることにより永くお使いいただけるものになります。

このようなわけで、価格も手間に見合ったものとなります。

しつこいようですが(笑)、完成した作品からではわからないと思います。


(7) 糸面付け

勇助塗の特徴はいくつかあるのですが、あえて代表的なものを5つ挙げるとすれば

・存星(ぞんせい)
・錆絵(さびえ)
・玉石(ぎょくせき)
・箔絵(はくえ)

そして今回ご紹介する

・糸面(いとめん)

でしょうか。(他の4つは後ほどご紹介します)


建築などで「糸面」と表現される場合は、木材の角を細く面取りしたものを指しますが、ここで言う糸面はこれとは反対に、漆を用いて平坦なところに細い縁を作ることを指します。

ここで使う漆は「下地」で使用したものと同じものです。


糸面の付け方は

・糸面を付ける箇所にヘラで漆を渡し
・糸面の形に合った「糸面ベラ」で形を作り
・この作業を2〜3回繰り返すことにより糸面を高くしていきます

写真は、小棚の戸の枠部分に糸面を引いているところです。(ちょっとわかりにくいかもしれませんが…)

・糸面付け(戸)

糸面付け(戸)

・糸面拡大(戸)

糸面付け(戸)2

ちなみに、「糸面ベラ」は作りたい糸面の形になるように職人さんが自ら加工して作られます。


次の工程でやっと、漆を塗る段階になります。


(8) 中塗り・中塗り研ぎ

ここから「塗り」の工程に入っていきます。
ここでは中塗り(なかぬり)と呼んでいますが、一般的に言われる「下塗り」と同じ作業工程です。

・中塗り(戸)

中塗り(戸)

・中塗り(胴)

中塗り(胴)

ヘラで漆を渡した後、刷毛で漆を平滑にするのですが、写真を撮り忘れたのでここではヘラしか写っていません。(スミマセーン)


そして、漆が乾いた後、駿河炭(するがずみ)を用い塗装面を研ぎます。(中塗り研ぎ)

・中塗り研ぎ(戸)

中塗り研ぎ(戸)

・中塗り研ぎ(胴)

中塗り研ぎ(胴)

ちなみに、上の写真で何箇所か白っぽく見えるところは、中塗り後、塗装面凹部を平坦にするために「錆漆」を塗ったためです。

このように、「塗って研いで」を繰り返すことにより、最終的にはきれいな平面に仕上がります。


(9) 小中塗り(こなかぬり)

小中塗りは、仕上げの塗りである上塗り前の工程になります。

ここで使う漆は、発色等の関係で上塗りと同じ色か近い色のものを塗ることになります。

勇助塗では、上塗りに「朱(しゅ)」や「うるみ色」が使われることが多いのですが、この小中塗りでもやはり朱を塗ることになります。


・小中塗り(戸)

小中塗り(戸)

・小中塗り(胴)

小中塗り(胴)

・小中塗り完了

小中塗り完了

ちなみに、「朱」は「朱合蝋色(しゅあいろいろ)」という種類の漆と朱の顔料とを混ぜ合わせて作りますので、塗っている時は明るい色をしているのですが、時間の経過と共に顔料が「沈殿」するために写真のように少し暗い色になります。

また、同じ「朱」とは言っても、まったく同じ色を作ることはほとんど不可能で、そのうえ、塗る季節によっても発色が違ってきます。


話がそれましたが、この後、小中塗りしたものを研いで仕上げの「上塗り」になるわけですが、その前にもう一仕事があるのです。


(10) 貝を貼る

後の工程で、金箔と漆を使って「箔絵(はくえ)」を描いていくのですが、その模様の一部として貝を使用します。

今回は、その貝(あわび)の切断と貼っている様子をご紹介します。


・貝の切断

貝切断

ある程度の大きさの貝を何段階かに分けて切断し、最終的にこの小さな貝を形作り、その後1つ1つ漆で接着していきます。

・漆で接着

貝貼り付け(戸)

上の写真は、貝を貼る箇所に漆で描いているところです。

そして、先を細くした割り箸でそれぞれの貝を漆の上に密着させていきます。

・貝の貼り付け(戸)

貝貼り付け(戸)2

・貝の貼り付け(胴)

貝貼り付け(胴)

漆が乾き、貝が密着した後「上塗り」をしていくことになります。


(11) 上塗り

塗りの最終段階である「上塗り」です。

勇助塗の場合、漆を塗ったままで仕上げる(花塗り)のではなく、この上塗りをした後、「呂色(蝋色)磨き」(ろいろみがき)という漆の艶を出す作業があり、ここまででやっと塗り全般の工程が終わります。


・上塗り(戸)

上塗り(戸)

・上塗り(胴)

上塗り(胴) 上塗り(胴)2

・上塗り完了

上塗り完了

ここまででやっと、全工程の半ばくらいでしょうか!?

この後、「中塗り・中塗り研ぎ」と同様に駿河炭などを用いて漆を研いでいきます。


今後の工程をおおまかに書くと

・呂色(蝋色)磨き
・存星を彫る
・玉石を切る、彫る、貼る
・錆絵を描く
・古びをかける
・箔絵を描く
・完成

となります。


(12) 呂色(蝋色)磨き

上塗りが乾き、磨いた後、

・漆を薄く摺りこむ
・それを磨く

という作業を3〜4回繰り返すことにより、塗りっぱなしの漆の艶とは一味違う、深みのある艶を得ることができます。

この作業を「呂色磨き(ろいろみがき)」と呼びます。

まず、生漆を綿に取り、次の写真のように、ほとんど拭ききるくらいの感覚で薄くムラなく漆を摺りこんでいきます。→摺漆(すりうるし)

・摺漆

呂色磨き(生漆) 摺漆(胴)

そして、1晩おいて綿で油磨きをし、粉末の歯磨き粉(もしくは角粉やチタン)を指先につけ、丁寧に磨いていきます。

・呂色磨き(戸)

呂色磨き(戸) 呂色磨き(戸)2

・呂色磨き(胴)

呂色磨き(胴) 呂色磨き(胴)2

静止画である写真ではラクな作業のように見えますが、実はかなり「重労働」だったりします。

細野さんも、かなりお疲れの様子でしたよ。(笑)


(13) 存星(ぞんせい)を彫る

勇助塗における存星は、下の写真のように

・刃物で直交する線を彫り
・さらにその交差する箇所のまわりに点を彫ります


・存星を彫る

存星を彫る 存星完了

・拡大写真

存星完了(拡大)

漆を彫るわけですから、失敗は許されません!

作業をジ〜ッと見ている私にも、その緊張感がヒシヒシと伝わってきて、コチラも緊張してしまいました。

さて。

この存星が「地紋」となり、この上に、勇助塗特有の「錆絵(さびえ)」を描いていくことになります。


ようやく、「加飾(かしょく:模様などを描くこと)」の工程まできました。


(14) 玉石 / 厚さ調整

金ノコで、玉石をある程度の薄さに切り取ったあとの状態が、次の写真です。

・玉石

玉石

この後、

・金ノコの目をなくす
・玉石をさらに薄くする

ために、紙やすりで厚さなどを調整していきます。

・厚さ調整

玉石2

写真のように、薄い玉石を指で押さえながら削ります。

そのため、爪や指紋が…。


(15) 玉石 / 置目(おきめ)

まず、図案を描いた薄紙の裏から、漆で模様をなぞっていきます。

その後、その紙を玉石の上にのせ、模様を写し取ります。現代のカーボン紙のような役割ですね。

・置目をつける

玉石置目 玉石置目2

すると…。

このような感じで、玉石に漆で模様を描いたようになります。

玉石置目完了

この図案は「梅花文」の一部なのですが、あと数工程でそのおおまかな全体像をご紹介できると思います。

どうか楽しみにしていてくださいね。


(16) 玉石 / 切り取る・彫る

まず、模様の輪郭線にそって、玉石を慎重に糸ノコで切り取っていきます。

・玉石を切る

玉石を切る

玉石を切る2

玉石を切る3(完了)

・玉石を切る

玉石を切る4

玉石を切る5

玉石を切る6(完了)

そして、玉石を彫る作業に入るのですが、その前に…。
玉石を木片に糊で貼り付けます。このことによって、

・彫刻の作業をしやすくし、
・また、彫刻中に玉石が割れるのを防ぎます。


・仮貼り

玉石仮貼り 玉石仮貼り2

いよいよ彫刻です。
ここでは、何種類もの彫刻刀などを使用して、やはり、玉石が割れないように慎重に慎重に作業を進めていきます。

・玉石を彫る

玉石を彫る 玉石を彫る2

・玉石を彫る

玉石を彫る3 玉石を彫る4

実作業の写真のみ掲載していますが、硬い石を彫るため、作業の途中で何度も何度も彫刻刀を研ぐ作業が入ってきます。

なんとなく、こういうところにも手仕事の魅力を感じてしまう今日この頃です。


(17) 玉石 / 貼る

前回彫刻した玉石を、貼りつけます。

その前にまず、漆器本体に置目(おきめ)をつけます。

・置目

置目

そして、模様にあわせて切り取り・彫刻した玉石を、漆を用いて貼りつけます。

・玉石貼り

玉石貼り

ここまでくると、完成までもう少し!

今後ご紹介する工程は

・錆絵を描く
・彩色
・古びをかける
・箔絵を描く
・完成

となり、ようやく先が見えてきた、といったところでしょうか?


(18) 錆絵(さびえ)

いよいよ錆絵です。

いくつかある勇助塗の特徴のなかでも、この玉石入りの錆絵はやはり、勇助塗らしさを最も表している技法ではないかと思います。

錆絵は文字通り、「錆漆」という漆を用いて描きます。

この錆漆は、漆と砥粉を混ぜ合わせ、それに水を加えて硬さを調整したものなのですが、この硬さが筆運びや細い線を描くことを難しくしているようです。


・錆絵

錆絵 錆絵2

錆絵3(完了)

この作業を2回から3回繰り返すことで、蒔絵とはまた一味違う、立体感のあるものになります。


(19) 彩色・古び(ふるび)

錆絵も描き終わり、色漆で絵に色をつけていく彩色の工程です。

・彩色

彩色 彩色2

彩色3(完了)

ひとことで「彩色」とは言っても、絵の具などとは違い、漆の場合は原則として、漆と顔料とを混ぜ合わせ「色を作る」作業から始まります。

また、一部の色を除いては長期に渡ってその色漆を保存できないため、その都度色を作らなければなりません。これは、作り手以外には案外知られていないことかもしれませんね。


そして、次に「古び」をかけます。

古びは、かけた後拭き取るのですが、凹部や隅にわずかに残ることによって、読んで字のごとく、勇助塗らしい「古びた」というか「落ち着いた」というか、そのような感じを見る者に与えます。

ちなみにこの古びは、作品の絵以外の箇所にもかけられているのですよ。

・古びをかける

古び

・古びを拭き取る

古び2 古び3 古び4

・古び完了

古び5(完了)

絵によっては、この古びを拭き取った後にさらに、色漆で葉脈などを描いたり、箔絵を描いたりします。


(20) 箔絵

いよいよ。

勇助塗の最後の工程である「箔絵」です。


下の2枚の写真では、漆でなにやら描いていますよね。

いったい何だと思いますか?

・箔絵

箔絵 箔絵2

答えは、

「宝相華(ほうそうげ)」

です。


勇助塗では昔からよく使われる図案で、一見簡単に描けそうですが、細野さんいわく


「簡単そうやろ?
でも、この独特の雰囲気がまた、
難しいがいちゃ。」(※富山弁)


とのことです。

なるほどなるほど。

ここでは、戸の写真のみ掲載してありますが、胴の左右側面や前面にも宝相華が描かれています。

そして、この漆が接着剤の役目となり、この上に金箔を押した(貼った)状態が、次の写真です。

・箔絵完了

箔絵3(完了)

この後、漆が乾き金箔がはがれなくなってから、綿などで余分な金箔をきれいに拭き取り、完了です。


(21) 完成

勇助塗の小棚(器局)の製作工程をご紹介してきましたが、とうとう…。

完成です!

ここでは、2つの作品を掲載しておきますね。


・花瓶に梅

小棚/器局(花瓶に梅)

・鉄線花

小棚/器局(鉄線花)

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